• 2017.10.3 長浜の人
  • 市民カメライター養成講座

ー地に根をおろす暮らし 錦のこころー 締め込み織司 中川 正信さん


― 西浅井町 株式会社おび弘 山門工場 ―

びわ湖の最北、奥びわ湖と呼ばれる地域に位置する長浜市西浅井町。
水源の森から人里、そしてびわ湖へと繋がるこの町には、どこかほっとするのどかな景観が広がります。

この町に生まれ育った中川 正信さん(71)は、全国でも珍しい手織りの締め込みをつくる、締め込み織司(おりし)。
大相撲本場所の土俵で幕内の力士が腰に締める「まわし」のことを「締め込み」といい、西浅井町山門の株式会社おび弘 山門工場では、手織りの着物の帯の製造を中心に、中川さんが手がける手織りの締め込みがつくられています。

IMG_7583締め込み織司、中川 正信さん。

 

 手織りの締め込み 

ガコンガタン。
織り機の動く音が鳴る工場。手織りの織り機を機屋(はたや)といい、ずらりと並ぶ機屋はすべて着物の帯専用の機屋。中川さんが扱う締め込み専用の機屋はひとまわり以上に大きく、工場の一番奥にあります。

kouzyou
機屋が並ぶ工場内。現在、60歳以上と以下が半々、16名のかたが働く。
「手織りの締め込みは、絹の美しい光沢があって肌触りがよく、しなやかで体に馴染むため締めやすい。」と話す、中川さん。
機屋にメモリやダイヤルはなく、気温や湿度、わずかな力加減で変わる織りの強さは、手の感覚、織る際の音、長年の勘を研ぎ澄ませてつくりあげられます。
なかでも締め込みは、着物の帯より巾も長さも大きく、強度も必要。力士が腰に締める用途を考えても着物の帯とは異なるもので、締め込み専用の大きな機屋を操る技術がなければ、質の良い手織りの締め込みをつくることはできません。

締め込みの巾は76cm。平均的な長さが約7mに対し、織り進められるのは30分でわずか12cm程度。経糸(たていと) 30,000本、緯(よこ)糸(いと)5種類18~21本の絹糸が使われ、杼(ひ)という道具を滑らせて経糸の間に緯糸を通し、約40kgにおよぶ框(かまち)を足と腕で押し引きしては、一本一本、糸を慎重に打ち込んで織り進める根気勝負の重労働。

temoto1
杼を滑らせて経糸の間に横糸を通す。

oriki
ひときわ大きい締め込み専用の機屋。伝統の技に絹が美しい光沢を放つ。

IMG_8091出来上がった締め込みの端布。しなやかで肌触りのよさに驚く。

IMG_8083
締め込みには着物の帯のような柄ではなく、一寸(約3cm)の筋を入れる。

 

「足の痙攣や節々の痛み。それでも手織りにしかできない仕事がある。だから、仕事場に入ればスイッチが入る。後継者を育てるまで現役を続けたい。」そんな中川さんのもとには、大阪出身の若手、安川 久登さん(35)が働いています。

temoto2
着物の帯から技術と経験を積む安川さん。

相撲が好きだったことから手織りの締め込みに関心を持ち、この山門工場を訪ねた安川さん。手織りの締め込みの伝統に強く魅かれ、働くことを決めたといいます。

「ここにきて約1年。仕事は覚えるほどに難しい。反して、それが向上心に繋がっています。手織りを残す力になりたい。また、中川さんの勧めで地域の奉仕作業に参加し、近隣のかたとの関わりが生まれました」
活き活きと話す安川さんの表情。こちらも思わず笑顔になります。
安川さんのお話に、工場の和、人の和を大切にする、中川さんの姿が垣間見えるようでした。

 

 地に根をおろす暮らし 

締め込みの重労働をこなす中川さん。中川さんの休日の過ごしかたを尋ねてみると、田畑や頼まれた雑木の処理など、身の回りの暮らしを整えることをしているとのこと…
暮らしのことをするのが習慣であり、結局のところ好きなのだそう。

IMG_8096
中川さんと安川さん。締め込みの伝統が受け継がれ始めている。
「仕事も暮らしも、関心を持てば見かたが変わる。見かたが変われば視野が広がり、気づきが増える。そうした少しずつの気づきがお互いさまの心を育むのだろう。森や田畑、びわ湖。伝統だけではなく暮らしに繋がるすべて、生きる術を引き継いでいくことも大切。世話好きなところもあるが、必要とする誰かの機会になればいい。」
そう言って、中川さんの顔に笑みがこぼれます。
教える大切さを考える中川さんのような、人を地域の暮らしに繋げる人の存在。それはきっと、幾つもの糸が重なり美しい帯となることと同じ、錦のこころ。地に根をおろし暮らす人に触れると、美しい景観のなかには人の暮らしがあり、人の暮らしが豊かな景観をつくるということをとても身近に感じます。
通り過ぎていた足を留める、この町の「知る」機会に出会えました。

長澤 由香里
この記事を書いた人
長澤 由香里
長浜市出身、4年前にUターン。湖北の暮らしのなかで、知らずにいたことの多さに改めて気づかされる日々です。少しずつ関心をもつことが変わり、そのなかで、私自身どのように暮らしていけるか模索しています。 丁寧なものに惹かれます。森の植物や里山の暮らしに触れるとワクワクします。