3年前にモノづくりをする一人の男性が長浜に移り住んできた。旧浅井町田根地区の北野にあるその男性の工房を訪ね話を聴いてみた。
その男性は城﨑月甫(きざき つきほ)さん。素敵なお名前なので、失礼ながら、雅号ですか?と尋ねてみたが、雅号ではなく本名とのこと。分野は違うが芸術家であるお父様が命名されたそうだ。
城﨑さんは、ロクロを使って自分で木を削り、自分で漆を塗って漆器を作っている。彼の作る漆器は、昔からある一般的によく目にする漆器とは違った質感だ。蒔地(まきぢ)という技法で作られた塗り肌は少しザラッとした感じがする。城崎さんいわく、塗膜が硬く耐久性があるのでカジュアルに使えるとのこと。漆器というと扱いが難しいというイメージがあるが、城﨑さんの作る漆器は気兼ねなく使え、少々のことでは傷ついたり壊れたりしない。
彼は、漆を塗るだけではなく木地も自分でロクロを挽いて作っている。材料は主にケヤキやクリなどの広葉樹。自ら材木市場に足を運び、丸太をよく吟味して購入する。購入した丸太は製材所で板に製材してもらい、しばらく乾燥させる。ある程度乾燥が進んだところで、作る作品に合わせて大まかな形に整形する荒木取りをおこない、その状態で十分に乾燥させる。十分に乾燥していない木を使うと、ロクロ挽きした器物が反って変形してしまうそうだ。
お椀の木地の取り方には二つの方法がある。縦木取りと横木取り。縦木取りは木が地面に立っている状態で地面と平行方向に木地を取る方法。横木取りは木が地面に立っている状態で地面と垂直方向に木地を取る方法。それぞれにメリット、デメリットがあるが城﨑さんは横木取りで木地を作る。木が反りやすいというリスクはあるものの、より丈夫な木地が作れるからと城﨑さんはいう。城﨑さんの作品作りへのこだわりがここにもある。
城﨑さんは、自身のことを作家とは名乗らずに漆器製造業と名乗っている。そこにも彼のモノづくりへの姿勢がうかがえる。
ロクロを挽くときに使う道具も手作りだ。
鋼を火の中で真っ赤に焼いてハンマーで叩いて自分が使いやすいように刃物を鍛造する。
素材を吟味し、自分で作った道具で加工、そして使い手が使いやすく長く使えるように独自の技術で作られた城﨑さんの漆器は独特の表情を持っている。そんな漆器が日々の暮らしの中にあると、食事の時間がちょっぴり楽しくなるのは間違いない。
城﨑さんが移住先に長浜を選んだ理由は、京阪神や名古屋への交通の便がよく、出身地の金沢にも比較的近いといった理由からだった。移り住んできた当初は、田舎暮らしに戸惑いもあったようだが、地域の五穀豊穣を祈る伝統的な神事であるオコナイなどの行事にも積極的に参加し、いまではすっかり地域に溶け込んでいる。ロクロ挽きで大量に出る木屑は、近所の人が畑へ撒くのにちょうどいいと重宝されているそうだ。
つい最近、城崎さんは結婚された。パートナーの前田美絵さんは栃木県の益子で焼き物作りをされていた陶芸家だが、結婚を機に長浜に来られた。漆器製造業と陶芸家のご夫妻。のどかな田根地区からモノづくりの何かが生まれてきそうな予感がする。