• 2015.4.9 長浜の人
  • 歴史と暮らし

今年もまつりがやってくる 西川丈雄さん


桜の満開の知らせとときを同じくして、長浜のまちなかにやってくるもの 一 長浜曳山まつり。

約440年前、長浜城主・羽柴秀吉の長濱八幡宮の祭礼再興に際して始まったことが由緒とされるこのまつりは、曳山と呼ばれる山車の舞台で演じられる子ども歌舞伎で知られている。山組と呼ばれるエリアごとに、舞台をもつ12の曳山と長刀を飾る曳山の全13があり、各曳山は洗練され、華麗な装飾などに個性をもっている。12の曳山からは交替で毎年4つが出場する(出番山)。

詳しくは(長浜曳山博物館      長浜観光協会

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まつりを支えるメインとなるのは山組の住民だ。かつて一帯が長浜町といわれたゆえんだろう、今でも彼らを町衆、町人と呼ぶのを聞くことがある。これまでに私が出会ってきた町衆のほとんどは「自分とこの山が一番」と誇りをもち、まつりが好きでたまらない人ばかりだ。

西川丈雄さんは、 諫皷山(御堂前組)の町衆であり、その傍ら研究者としてまつりの文化歴史を見つめてきた人である。

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西川さんが生まれ、そして今も住む家は、御堂前組の山蔵(曳山の収蔵庫)の目と鼻の先にある。
「近くの呉服屋さんの番頭だった祖父が、山やまつりの世話方をしていた話を母親からいつも聞かされ、また山やまつりは生活と共に自然とそこにあるものやった。山蔵が開いているとかくれんぼしたりもしたり。見つかれると怒られることもあったけどみんなの遊び場でもあった」

出番山の山組の子どもたちが演じる子ども歌舞伎は、まつりの1ヶ月ほど前から猛稽古が始まる。

 

少年時代病弱だった西川さんはご両親が配慮し、役者として舞台にあがることはなかった。けれどまつりへの愛は人一倍。歌舞伎稽古が始まれば走って見に行き役者の振りを真似、大人たちが大きな曳山に上って飾りをすれば、よく見上げていた。小学校高学年のときはまつりに出られない会社勤めの父に代わって、近所の「おっちゃんに言われて」大人にまじり提灯の飾りつけも手伝うようになった。
「大人のひとが一生懸命にまつりに関わる姿が間近にあった。子どもやから危ないと言わず手伝わせてくれたことが今も大いに役立っている。うれしかったなあ」

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京都の大学へ進学しても長浜から通ったのは「まつりがあるから」。卒業後は大津市文化財技師となり、大津祭りの曳山調査・修理修復などに関わってきた。「いつか長浜の曳山修復にも役に立つ」との思いが心の底にあった。その後長浜市史の編さん室長に。現在の長浜の中心市街地の発展は秀吉が城下町を築いたことに始まる。その歴史とほぼ歩みを同じくする曳山まつりは、市史にはなくてはならない項目。その執筆も担った。平成17年にはまちなかに開館して5年目の曳山博物館館長に就任した。

その間にも毎年まつりは巡ってくる。かつて見上げていた曳山に自分が上り、飾りつけを指示、修復にも加わってきた。御堂前組を代表する「負担人」を経てまつり全体の最高責任を負う「総当番」の副委員長を務めた。

 

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中からも外からもまつりを見つめ続けてきた西川さん。長浜曳山まつりとは歴史と人をつなぎまちのにぎわいを生み出していくもの、なのだという。
「大人の姿を見て子どもが育っていく成長の場であり、ひとつの社会。目標に向ってよりうまくやっていく方法、つまり社会や地域コミュニティのあり方や大切さを覚えていくんです。そうやって続けてきたノウハウが長浜のまちのにぎわいづくりに生かされてきた」

 

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桜の満開の知らせとときを同じくして、長浜のまちなかに聞こえてくるもの。しゃぎりと呼ばれる笛、太鼓やすりがねによる囃子の音。

曳山が動くときになくてはならない音で、山組の子どもたちが奏でる。この音色がまちをまつり一色に染めていく。
「昭和40年代までは多くが長浜の農村部の人に頼んで演奏しに来てもらうものやった。それが自分らでも出来るようにならなあかんということで教えてもらい、そうして出来たしゃぎり保存会に参加し、広く継承していく仕組みをみんなで作っていった」
440年で社会も環境も大きく変わった。しゃぎりは女の子でも参加できるようになり、今西川さんは保存会から地元の小中学校へ指導へも出向く。

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西川さんにまつりの見所を聞けばいくつでも出てくる。
「山の芸といわれる、コンパクトな舞台、限られた時間で演じる子ども役者の姿でしょうね。歌舞伎の演題が記された外題札を見るのもいいし、各曳山の装飾、提灯やハッピの意匠なんていうのもおもしろい。いろんな行事が組み合わさっているのもいいですね」

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「自分が好きなのは御輿還御から戻り山。夜のお旅所での行事が終ってから自町へ帰っていく曳山の後ろ姿を見るのがいい。まだ行事は残っているけれども、ああ、また来年やなと思う一瞬かな。なによりはまつりのなかで子どもたちが生き生きとしている姿」

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西川さんのような人がこのまちにはいっぱいいる。
まつりと共に暮らし、まつりを受け継ぐ人たち。

 

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長浜曳山まつりの主な行事
4月9~12日 裸参り(出番山の若衆が子ども役者の健康とまつりの無事を祈って長濱八幡宮と豊国神社へ参拝)
12日御輿渡御(長濱八幡宮からお旅所へと御輿が向う)
13日籤取り式(子ども歌舞伎披露の順番を決定)/自町狂言(出番山が自町内で子ども歌舞伎披露)
14日登り山(出番山が長濱八幡宮へ向う)/夕渡り(子ども役者の顔見世)
15日子ども歌舞伎奉納・まちなか巡行/御輿還御/戻り山
今年の出番山 鳳凰山(祝町組)壽山(大手町組)、猩々丸(船町組)、高砂山(宮町組)

問い合わせは曳山博物館0749-65-3300へ

 

執筆 矢島

矢島絢子
この記事を書いた人
矢島絢子
学生時代+数年を県外で過ごしUターン。冬の寒さをどうやって乗り切るかが毎年の課題。自転車に乗って肌寒さを感じなくなったときが湖北の本当の春到来だと信じています。そんな自転車の速度で感じるような、長浜の空気を伝えて行きます。