• 2018.10.4
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黒壁30周年を支えるガラス職人


ガラス作家 奥泰我さん

長浜で黒壁の名を知らぬ者はないだろう。長浜駅の東、北国街道沿いで黒壁ガラス館を中心に、ガラスショップや工房などを展開し、まちづくりを担う。かつて閑散としていた商店街を、滋賀でトップの集客を誇る観光地とした立役者だ。
そして、そこにはガラスの街を支える職人がいる。その一人、奥 泰我(おく たいが)さんを訪ねた。

ガラス工芸と一口に言っても、その表現方法は多様であり、黒壁でもガラスに繊細な彫刻加飾を行うグラヴィール、様々な色ガラスの板を鉛線で繋ぐステンドグラスなど様々な部門がある。
泰我さんは溶けたガラスを吹き竿の先に巻き付け、空気を吹き込んで膨らませ形成する吹きガラスの職人だ。

 

泰我さんの職場は、黒壁ガラス館の裏、黒壁ガラススタジオの工房だ。
ショップの奥からガラス越しに工房が見渡せ、実演を見る事が出来る。工房へ入らせてもらうと、まず熱気に驚く。
それもそのはずだ。1,300℃以上の温度でガラスを溶かす窯、作業中にガラスを再加熱するための1,200℃以上の炉、出来上がったガラスは急速に冷えると割れるため、徐々に冷ますための徐冷炉でも500℃ほどあり、過酷としか言いようがない。

 

溶けたガラスを吹き竿に巻き取ると、軽く息を吹き込み小さな玉を作る。そしてそれを片手に持ったまま、もう片手で器用に模様を入れるためのガラスを巻取ると、先ほどの玉に着け加熱して定着させ、再度溶けたガラスを巻取る。
溶けたガラスはハチミツの様にトロトロだが、それが垂れないよう、そして均一に中心がずれないように竿を回して保たなくてはいけない。冷えれば硬くなるが、それでは形が作れず、再度加熱すれば水滴の様に表面張力で丸くなっていくため手数は最低限で済ます必要がある。加えて温度ムラがあれば均一に膨らまず、逆に温度差をつける事で膨らませたい部分とそうでない部分を別けて形を作る。

 

見えない温度を感じ取り形作る難しさはいか程であろうか。しかしそれを感じさせない、流れるような動作はそれ自体が芸術の様で、思わず取材である事を忘れて見入ってしまった。いや、魅入られたと言うべきか。

 

こうして作られた商品が黒壁ガラススタジオのショップに陳列される。涼しげな佇まいに工房の熱気は感じられない。しかしあえて真円を描かない曲線は手作りのぬくもりを確かに伝えている。

 


 

泰我さんがガラスの道を志したのは小学生の頃だという。
テレビでガラス作家を見て、やってみたいと思ったことがきっかけだそうだ。
中学生の卒業文集には将来の夢にガラス細工師と書くほど夢は固まっており、倉敷芸術科学大学で吹きガラスを専攻する。卒業後、山梨県のガラス工房へ就職するものの、そこでは体験ばかりで、もっと真剣にガラスに取り組みたいと半年で退職。
実家の香川へ十日ほどかけて車で旅をしながら帰る道中、立ち寄った黒壁でちょうどスタッフを募集しており、とんとんと話が進んだそうだ。新卒の離職率がと言われだした頃、まさか自分がそうなるとはと省み、もしまた続かない様であれば、ガラスは辞めようとの決意を胸に、黒壁で8年、吹きガラス部門であるブロースタジオの主任を任されるまでになった。

「『あのグラスを買ったから、今日のごはんが楽しみ』そんな風に思ってもらえたら」。自分の作品に込める想いをそう語る。
言葉にするのは難しいのですが、と前置きして「仕事で疲れて帰った時に、あのグラスでビールを飲もうとか、あのお皿を使ってごはんを作ろうとか、ちょっとでも楽しい気持ちになってほしい。コップ一つであってもそうしたことができれば嬉しい」と話す。

 

その想いが伝わるのか、固定客も付いている。先日も鉢とワイングラスの注文を受け、気に入ったからと追加注文も受けたという。

 

しかし全く違うコンセプトにも挑戦している。
「暮らしに役立つかわからない、しかし持っておかなければと思わせる、十人居れば一人か二人に反応して貰えれば良い作品を作りたい」と語る。
自身が展示会などで他の作家の作品を見て、これは使わないだろうけど、今後の自分の為に持っておくべきだと思わせる何かがあり、人が物を買う動機に、収集欲の様な、それとはまた違うような、そういった欲があると分析する。

 

泰我さん自身は、自分を普通の人間だと評価する。それは美術家や芸術家といった側の人間ではないという意味で、大学で周りを見て思い知り、では自分は技術を伸ばそうと、綺麗なライン、美しいフォルムを作れるよう腕を磨いて来た。
「これが仕事や作品に繋がるとは思っていなかったが…」と振り返る。

 

研ぎ澄まされた技術が、美術や芸術となるまで昇華されたという事だろうか。事実、このコンセプトで作られた作品は、デザインや物づくりに携わる人などが購入して行くとの事だ。

 


 

設立から30周年を迎えた黒壁。
次の30年について聞くと、「人が集まる場所でありたい」と返ってきて来た。
「黒壁にはガラスを作れる場があり、売る場所もあるので、ガラスで表現したい人が集まり、常に発信をしていける場でありたい。そして何か黒壁で面白い事やっているなーとさらに人が集まってくるようにしたい」
図らずも「ガラスを作っているところに沢山の人が集まる」との初代黒壁の社長がガラスを事業の軸とした際の言葉と重なり、その想いはここに結実していると感じた。

 

しかし悩みもある。スタッフの入れ替わりが多く、スタッフが少ないと出来る事も減り、そうすれば来る人も減ってしまう。自分たちの作った作品で工房が回せる事が理想だが、独立した作家とも「黒壁」で繋がり、仕事を依頼するなど協力できる体制ができないかと構想する。

 

外部の者からすると、琉球ガラスや津軽びいどろの様な、黒壁ガラスのブランドイメージが無いと感じると伝えると、「ブランドイメージを作るのはおそらく簡単で、例えば黒いガラスや琵琶湖を表現した青で作品を作ればそうなるでしょう、しかしそうではないんです」と説明する。
「色々な物を作り続けた上で、雰囲気というか、お客さんの声もあって形作られていく物ではないでしょうか」

 

 

今は暮らしを豊かにする物を手作りで、既製品には無い形や色で作っていく事が自分たちの仕事であり、地元の人が黒壁ガラスを外に誇れる存在になる事だと未来を見つめる。

ガラスと地域を結び、黒壁が面白くする。
ますます若い職人が長浜の地域づくりを担っていくのだろう。
滋賀県といえば、琵琶湖、次いで黒壁ガラス言える日が待ち遠しい。

井口映
この記事を書いた人
井口映
長浜生まれ長浜育ち。36歳にして発達障害が発覚し、人生に迷う。自分探しの途中、何故か高月地域づくり協議会とNPO花と観音の里に加わり、伝統文化の継承や地域資源を活用した観光支援などに携わる事になる。目下、長浜市を知るところから勉強中。