ソウルフード…「その地域に特有の料理。その地域で親しまれている郷土料理」(デジタル大辞泉)。
たとえば鮒ずしは長浜のみならず滋賀のソウルフードであろうし、鮎の炊いたんも同様だろう。広域性のあるソウルフードがある一方で、非常に限定されたエリアでしかお目にかかれない料理がある。
山岳仏教の聖地としても知られる木之本町古橋。ここでのみ食べられているのが「焼肉」である。
以前から古橋の焼肉についての噂を聞くことがあり、一度は食してみたいと切望していたのだが、家庭料理のためなかなか機会にめぐまれずにいた。「古橋の焼肉が食べたい!」と言い続けていた所員の声に応え、詳しく教えてくださったのが住民の大山孝一さん、山内新一さん、熊井時男さんだ。
この焼肉とはどのようなものか。
ごく簡単に言うと、下味付けした鶏の親鶏(ひね鶏)を炭火で焼き、酢ベースのタレで食べる、というものだ。
滋賀全体の傾向として一般家庭で焼肉に使うお肉といえば赤身の牛肉。ホルモンや豚肉、鶏肉なども登場はするが、メインをはるのはやはり牛。
しかし古橋では焼肉といえば親鶏であると共に、あわせて牛肉などを焼くことはないのだという。
長くこの地の人たちは山の仕事で生計を立ててきた。戦前戦後は養鶏もさかんで、120戸の集落で、多いときには数軒の養鶏場があり、500羽以上が飼われていた。産卵しなくなった親鶏は、食用となった。
親鶏の肉は硬い。独特のクセも少しある。しかし「決して裕福ではない集落やったからぜいたくはできんかった」と3人が口を揃えるように、硬い肉でも大切に食べた。
そんなとき、おいしく食べられるようなアドバイスをしてくれたのが、大阪で焼肉店「食道園」を営んでいた社長さんだった。狩猟でときどき古橋を訪れ、地元の人たちと交流があったのだ。
経営者直伝のレシピは「ソーミ」という食道園オリジナルの調味料を使ったもので、またたく間に集落に浸透。さらに家ごとのバリエーションが生まれ「わが家の味」が生まれていった。昭和30年代のことだ。なぜか他の集落へ広まることはなく、古橋のみのソウルフードとして定着し、今に至る。
これが古橋の焼肉のレシピだ!
○親鳥2kg使う場合
材料
醤油(180cc) 酒(180cc) 砂糖(酒の1.5倍くらい) 酢(適量) ソーミ(小さじ大盛1杯)
タマネギ(1個、適当に切る) ニンニク(3かけら)
以上をよく手もみして混ぜる。常温で丸1日~2日寝かす。
つけタレ
タマネギおろし(フードプロセッサーを使えば便利)に醤油とソーミと酢を少量まぜておく。取り皿に盛り、さらに酢をかける。
味付けしておいた親鳥を炭火で焼く。ほどよく焼けたらタレにつけて食べる。
以上は熊井さんのレシピより。砂糖を入れる、入れない家庭や隠し味(みりん、タカノツメ)などを入れる家もあるという。
ポイントは砂糖にある。かなりの量を使う。
「肉は火を通せば通すほど硬くなるでしょう? ましてや硬い親鶏はもっと硬くなる。それを防ぐためなんです。砂糖で味付けされてるとすぐ焦げてくるから焼きすぎるということがなくなるからね」と山内さん。
7月、3人が会員として活動する「古橋史蹟文化保存会」の年間行事で焼肉がふるまわれるという。
年間行事として行われる、会員とその家族の懇親会なのだ。
山内さんが中心となって、1日前に漬け込みをしておく。お肉の量、なんと20㎏!
そして当日。メンバーやそのご家族がじゃんじゃん焼いていく。
そしてタレ用にと、すりおろしたまねぎと酢のペットボトルがどかんと置かれる。
大山さんがタレを調合してくださったのだが、酢の量が半端でない。「こんなもんくらい入れないとあかんで!」と取り皿になみなみと注ぎ入れる。
そしてどかどかと肉を入れてくださる。
焼けたお肉をまずそのままで試食すると、ふんわり甘さを感じる。
続いてたまねぎ&たっぷり酢のタレにつけると一気にさっぱり味になる。
「このタレにつけるとどんだけでも食べられるでえ」と皆さんがおっしゃる理由がよくわかる。本当にどれだけでも食べられるのだ。
炭火の香りが移った甘めのお肉と酢とたまねぎがこんなに合うとは!
肉はけっして硬くなく心地よい歯ごたえがあって、それがやみつき感を増す。
取材班はひたすら食べ続けるのであった。
近年は、親鶏に加えて、若鶏も一緒の味付けで焼くようになった。
硬いというよりも弾力があるので、小さい子どもや歯が弱い人にとっては歯への負担が少ないから若鶏を好む人もいる。
今回参加していた子どもたちも、若鶏ばかりを食べていた。
それでも「やっぱ焼肉は親鶏やで!」と口を揃える人たちがいる。
個人的にも、断然親鶏だと思う。
他所から嫁いできた女性のみなさんに話を聞くとやはり「最初はびっくりした」と笑う。
ちなみに焼肉のシーズンは夏場だという。
炭を使うから屋外になるため、気候のいいときが良い。
そもそも炭を使うのも、炭焼きなどをなりわいとしていた地域ゆえ苦労せずに手に入るものだったからだという。
お盆の頃などは、あちこちの家々から煙がたつ。帰省した家族にとって、ここでしか食べられないごちそうだ。
ちなみに今回の会場は鶏足寺。最近では紅葉の名所として知られ、大勢の観光客が押し寄せるようになった。
美しい景観を楽しめるのも、保存会による清掃や整備の取り組みがあるおかげだ。
暑いさなかの草刈りのあとの懇親会。お肉はじゃんじゃん焼かれ、いつの間にかメンバーが捕らえた高時川の鮎や近隣の山の鹿も焼かれ、子どもたちは暑さを知らず走り回り、わいわいと時間が過ぎていく。
広い敷地の古刹を自分の庭のように走り回るこの子たちが、理由を知らなくても「おいしいから」と食べ続けてくれたらいいなあと思う。